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第4回 市民立憲フォーラム 基調報告

「条例つくりは憲法作り」

江橋崇(平和フォーラム代表/法政大学法学部教授)

 先般の参議院選挙によって、今後の日本の政治の枠組みがはっきりしてきました。私の仕事としている憲法問題に関して言えば、ウルトラ改憲派も、ウルトラ護憲派も後退して、論憲派、加憲派の大勝利です。そのことと裏腹ですが、日本社会では、憲法問題は票にならないことも明確になりました。市民は、もはや、憲法問題は二次的な問題にすぎないと思っているのです。私はこの十年、ウルトラ護憲派に対して、そんなにかたくなな態度だと、社会からおいていかれると警告してきました。今回の選挙の結果から見えてきたのは、そういう悲しむべき傾向がすでに現実化してしまったということです。そういった意味では、こんにちは、日本国憲法の機器ではなく、日本における立憲主義そのものの危機ということにあります。

 私は、こういう状況を変えていくことは不可能ではないと思っています。その一つの可能性が、自治体の条例作りの中にある、と思っています。地域において、民主主義、人権、平和の条例を作り出してゆく。今日は、こういう憲法状況のもとで、私が期待している条例つくりについて、日ごろ考えてきたし、発言もしてきた点について、話をさせてください。

憲法典を守る発想から、憲法構造を守り育てる発想に

  私は、日ごろから、市民からの論憲と申し上げています。市民立法機構が立ち上げた市民立憲フォーラムでも発言をしています。その立場から、条例つくりについて述べさせていただきます。

 1つは、憲法問題は憲法典の改正の問題ではない。いや、憲法典の改正問題だけではないということです。憲法問題というのは、憲法構造がどうあるべきか、という問題です。例えば9条の問題がそうです。平和の問題を考えた場合、憲法9条の条文は確かに今でも守られているけれども、その下でイラクの自衛隊の派遣がOKになったわけです。自衛隊の宿営地を攻撃されたら、撤退しろになるでしょうか。自衛隊の宿営地が攻撃されたら、戦車を持って行けになるでしょう。結局は完全な海外派兵になります。ズルズル拡大するのを誰もとめることができない。だから戦争は怖いのです。

 有事立法が国会で9割の賛成で通ったときに、私は日本国憲法9条は死んだと思っておりました。あと残っているのは、憲法典上の条文の改正というお葬式を出すか出さないかの違いで、実際は、憲法9条の基礎になっていた国家の非武装平和という考え方は既に死んでいるのではないでしょうか。憲法9条は、憲法条文の上では生きているけれども、憲法構造の中では、平和国家という特性の何が残っているだろうか。こう考えていくと、もうほとんどなくて、やっと最後に残っているのが集団的自衛権を認めないというそれ1点なのです。それすら認めると言ったら、もう9条の存在理由は何もない。

 私は、そういうふうに憲法構造がどんどん変わるということを憲法問題として考えなければいけないと思っています。つまり、条文を守るということも大事ですけれども、それとともに今日本の憲法構造はどうなっているんだろう、そこはどっちに行こうとするんだろう、それに対してどうしたらいいだろうかということを考えていくべきでしょう。

護憲とは、市民運動の作ってきた憲法構造を破壊させないこと

 もう少し、憲法問題にお付き合いください。

  2つ目に、憲法問題といっても、政府が何か言い出して、市民が反対、反対といっているだけではなくて、官の憲法対民の憲法でこの30年間闘ってきた成果があるわけです。私たちは、多少無理があっても、日本国憲法に結びつけて説明してきたわけです。ですから、そういった意味で日本国憲法のテキストにはそれなりに市民の側からの血が通っているわけですから、これを無視した改定はそう簡単には認めさせないということになろうかと思います。

  これまで言ってきましたように、憲法を守るというときに、憲法典を守るのか、憲法構造を守るのか、という違いがあります。私は、憲法構造を守ることが大事だと思っています。それも、市民運動が、この30年間に努力して作ってきたものを後退させないことが大事だと思います。平和にしろ、民主主義にしろ、人権保障にしろ、市民が主役となって作ってきたものを守るのが、私たちにとっての護憲ということになります。

  第二次大戦後の日本で、GHQは、まず憲法典を変えさせて、それに伴って国家構造を変えていくという政治改革の手法をとりました。それは成功したと思います。憲法が変わり、それに付属する法律が変わり、新しい社会がやってくる。こういう意味で、日本国憲法は、社会改革の旗印になったと思います。

  逆に、戦後初期の改憲論者は、こういう日本国憲法をまず戦前型のものに戻して、それから法制度等も戻していくというイメージを持っていました。ここでは、諸悪の根源は日本国憲法にある、と考えられたのです。

  しかし、今の改憲論は違います。まず、憲法改正のないままに、以前は考えられもしなかったことが実行される。この、国家構造、憲法構造の構造改革が先行している。1990年代の初めに、自民党政権の崩壊という形で明らかになった不具合を、官僚主導で再び作り直そうとしている。小泉内閣がしていることは、膨大な借金による国家財政の破綻、官僚の利権に食い荒らされてシロアリ状態になっている諸制度、自殺者の激増と下げ止まらない少子化傾向に代表される社会のひずみなどという基本的な問題に届いていない表面的な改革であるけれども、既存の憲法構造の破壊と再編は進行している。こういう時期には、私たちの護憲は、まず何よりも、この30年間、わたしたちが押し込んできた憲法構造を維持し、さらに、望ましい方向へと構造を改革していくことではないでしょうか。

  憲法典の改編をさせない護憲も大事ですが、私には、それとともに、憲法構造を守る護憲がとても大事に思えています。しかし、これまでの憲法構造ではうまくいかないのも分かっているのですから、どこに問題があるのか、論憲が必要だということになりましょう。

  論憲をすすめていくと、私としては、与野党、あるいは広く国民の合意が得られるような改正であれば、加憲という形であり得るけれども、議論が沸騰し、あるいは意見が対立しているところは、そう簡単にテキストの改定はできないと思っています。よく、明日にでも憲法改正案が決まるようなことをいう人がいますが、私は、3分の2の壁はとても厚く、まだまだ条文改正には達しないと思っています。特に、今回の選挙の結果、民主党が参議院で3分の2を確保したことと、民主党を割って小泉の下にはせ参じるのは政治的な自殺であることもはっきりしたことが大きいと思います。そういった意味では、参議院民主党の議員会長が江田五月さんで、幹事長が江田さんの推した與石さんであることに安心感があるし、楽観論です。ですから、妙な流れに流されることを恐れずに、大胆に論憲をして行きたいと思っています。

地方分権の立場からの立憲、それが条例作り

 この30年獲得してきた民の憲法構造の最大の成果の一つは、地方、地域から物を考えるということでありました。90年代の初めに松下圭一さんが、雑誌「世界」の論文で、「日本国憲法を超えた地方自治」ととんでもないタイトルをつけたんです。あれは松下さんの趣味だか編集部の趣旨だかわかりませんが、そういうものにヒントを得て、私も「自治の現状は日本国憲法を超えている」と書いています。

  日本国憲法ができたときには、日本の自治体そのものが行政府の下にあって、行政事務を執行するところだと思われていましたから、例えば条例は、地方において自治体が行政事務を執行するのに必要な行政規則をその自治体の議会がつくるという趣旨に理解されていました。したがって、憲法の上では条例は法律の範囲内となっているのに、地方自治法にいくと法令の範囲内となってしまう。つまり、全国規模での実施の規則である政令の方が、地方的な実施の規則である条例よりは上だという上命下服関係ができた。こうした官僚の説明に対して、憲法学者はそれを何疑うことなく、それでいいと、官僚と同じ言葉を世間に向けて発してきたのであります。

  しかしながら、今となっては、そんなことを言う人はいません。地方自治の闘いは、もし今言ったような上命下服の関係が日本国憲法の保障した自治体の条例制定権であるなら、憲法の変遷を遂げさせた、あるいは憲法の解釈を基本的に改めさせた。もっと言えば、憲法構造を改めさせた、とも言っていいと思います。自治基本条例という言葉が普通に通用するように、条例は住民が地域において自分たちの地域の法をつくることなんだというところまできたわけであります。

  そういった意味で私は、地域からの立憲、地域立憲の実験をしてきたことをきちんと発言していいんじゃないか。自治、分権の成果を無視させない。これを揺り戻しさせないということも、立派に憲法改正問題に取り組むことではないか、と思っています。

地域における市民立憲のための条例の課題

 次に、既に進んでいる市民立憲の作業を評価することを提唱したいと思いす。護憲は、何々を守れ、何条を守れといっているだけでは不十分なのでして、市民の側からの積極的な提起があってよい。

  大きく分けて3つ、民主主義、人権、平和という日本国憲法の3つの価値に関して、私が今考えていることをここに簡単に説明してみます。

民主主義の市民立憲、自治基本条例

 1つは民主主義に関して言うと、国会レベルも大事ですが、やはり何と言っても地域レベルで、自分たちのことは自分で決めるという、そういった意味での地域の民主主義、きちんとした草の根の民主主義を徹底していくことが大事だと思います。

  札幌の上田市長が当選して、選挙公約で札幌市の地方自治基本条例をつくると言っています。今年は、実際にその作業が進むと思います。どうぞ、皆様も強力に後押しして、何とか札幌で地域の憲法をつくっていただきたい。それを1つのモデルとして全国幾つかで、そういう地域の憲法をつくろう。それが自治基本条例作りという市民立憲の実験です。CIVICSにも乗っていますように、松下圭一さんも、準備会での報告の中で、このことを強調なさってういます。90年代の自治基本条例は、ニセコ町の逢坂町長にお世話になって、ニセコ町のようにという方向性がありましたけれども、もうそろそろもう1ランク広くなって、札幌市のように頑張ろうと言えるようになりたいと思います。

 それとともに全国の幾つかの自治体で、議会条例がつくられています。地方議会も昔の議会は要するに行政の補助機関みたいなものでしたが、そろそろ、そういう段階は卒業して、きちんとした住民の意思を代表する機関になるべきです。そうだとすれば、議会の運営も住民の創意工夫でやるべきであって、いつまでたっても帝国議会の先例に沿ったような古めかしい地方議会ではなくて、自分たちの手で、例えば夜間に開くとか、週末に開くとか、いろんなアイディアを盛り込んで議会条例をつくっていったらいいんじゃないか、と思います。今日もいらしている神奈川ネットの条例研究会のすばらしい成果の一つが、自分たちで本気になって条例を作ろうとしたら、その議会の古くからの慣習が、いかに首長支配、議会ボス支配の都合よくできているか、ということの発見でした。議会の振興には議会条例の制定が良く効きます。

 それと、ここのところ出てきた住民投票条例もあります。中には、外国人住民の投票権を認めるという画期的なものまであります。地域の基本的なことは住民の直接の意思表示で決める。そこには、多文化共生社会らしく外国人住民声も入るようになっている。すばらしい市民立憲であると思います。

 私は、この3つのタイプの条例を軸に、地域において民主主義の憲法構造というものをきっちり組み立てることが、分節的な日本国憲法の構造を守ることでもあるし、変な方向に日本が行くのを阻止していく道ではないかと思っております。

人権保障の市民立憲、地域からの人権保障システム

 2つ目に、人権保障に関しては、ここ数年既に内閣、政府の方も、上からの人権の教育、啓発だけではだめだということがわかってきて、塩野宏氏を委員長とする人権擁護推進審議会をつくって、その報告書をもとに改革案をつくりました。しかしながら、気がついてみたらそれは法務省人権擁護局の焼け太り路線になりまして、既得権益の拡大しか考えていないものであり、結局廃案になってしまいました。

 国会では、参議院選挙がありますから本格審議は遅れましたが、立法の動きがもう1回出てくると思います。この前の法案のように、与野党対決型の内容でなくして、人権のことですから与野党がともに承認できるような、そういう人権保障システムを本気でつくっていきたい、と思っています。

 私たちの考えている人権保障システムは、人権というものは、地域において、当事者の主張を基本にして、問題の総合的な解決を図るようなものです。費用がそれほどかからないで、手続きが簡単で、問題解決が早く、しかも公正な判断になるので誰もが一応満足できるシステムを目指すべきでしょう。つまり、「安、簡、早、満」が旗印なのです。

  これに対応して、政府や自治体の人権政策は、人権に関する相談と人権に関する苦情申し立て、救済が軸になるべきでして、その相談申し立て、救済を軸にした地域からの人権保障システムを作ることによって、私たちが30年やってきた人権運動の成果を地域において定着化させたいと思っております。参議院選挙の結果がでましたので、そう無茶な与野党対決型の人権法案にはならないと思います。

平和保障の市民立憲、非核条例、反軍平和条例

 3つ目が、平和の問題です。皆さんもいろいろ意見があると思いますけれども、民主党に横路・小沢合意がありまして憲法9条には手をつけない、その部分を平和基本法でやろうということを言っております。

  私たちは、これまで、沖縄、広島、長崎、神奈川、北海道など、各地で、その地域における戦争への動きに反撃してきました。そして、市民立憲として、非核条例作り、反軍平和条例作りを進めてきました。これには、理念条例的なものから、非核証明のできないアメリカ軍艦の寄港を拒否するものまで、さまざまであります。こうした、ローカルな平和へのイニシアチブはとても大事です。それとともに、平和基本法を一つのテーマとして、どうやって戦後私たちがつくってきた非核三原則や武器輸出禁止三原則、一度はつぶれてしまった1%枠等もありましたけど、こういう成果を法的にも定着させるのか、国家レベルでの平和へのイニシアチブも考える必要があるでしょう。これには、日本では憲法から消えている平和産業を作ることとか、軍縮努力義務なども含まれると思います。平和基本法をどうしていったらいいだろうかということを考えてみることが必要であるように思います。

 この、民主主義、人権保障、平和構築を3つを軸にして、日々の立法闘争、あるいは条例づくり闘争にしっかりと取り組むことと、憲法に関する研究、学習を進めることをつなげて考えていくとき、私はそれが、民の憲法とか市民立権というものだと思っております。

  こういう展望を持ちながら、その地域で可能な条例作りから手をつける。そういうことが望まれているのではないでしょうか。

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