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市民勧解制度(ADR)
市民勧解制度(ADR)
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【提案骨子】
1.憲法の「裁判所」の章に「権利救済を受ける権利」とそれに対応した政府の責務を規
定する。(本提言「裁判所」の項参照。)
憲法第○条 第1項 人は、この憲法が保障する権利を侵害された場合は、裁判所
その他の適当な機関に対し、救済を求めることができる。
同 第2項
政府は前項の権利を保障するために、必要な法令及び組織の
整備に努めなければならない。
2.「権利救済を受ける権利」を保障するために、人権委員会やオンブズパーソン等の「
市民勧解制度」(ADR)を整備する。
3.市民勧解制度に関する基本原則を定めた「市民勧解制度基本法」(ADR基本法)を
制定する。
【提案理由・背景説明】
1.憲法上の権利救済規定の不存在
日本国憲法には種々の人権が保障されているが、それらが侵害された場合にどのような救済が受けられるかについて定めた規定は存在しない。そこで、人権保障の実効性を担保するために、カナダ1982年憲法24条1項(#1) などに倣って、「権利救済を受ける権利」を保障し、かつその権利を保障する責務を政府が負っていることを明記すべきである。
2.裁判所による救済の限界
近代立憲主義の基本的な考え方に従えば、権利を侵害された者は裁判所にその救済を求めるべきものとされてきた。しかし、権利救済機関としての裁判所には、次のような問題点ないし限界が存在する。
a.裁判には時間的・経済的・心理的負担が伴い、かつ簡易・迅速な救済が行えない。
b.救済対象となる権利が法律上の権利に限定され、社会で生じるさまざまな人権侵
害を幅広く救済することができない。
c.主たる救済策が損害賠償に限定されており、権利侵害を受けた者が納得のいく解
決が得られない。
d.社会権など政策判断を伴う人権保障には不向きである。
e.救済できるのは当事者だけであり、将来の被害者を予防することができない。
f.裁判官は法律の専門家ではあるが、必ずしも人権の専門家ではない。
3.市民勧解制度の必要性
上に挙げた司法救済の限界を乗り越えるために、当事者の意思や当事者間の協議を重視した権利救済システムとして、市民勧解制度(ADR)(#2)
を整備すべきである。裁判所による司法救済と比較した場合、市民勧解制度には次のような利点がある。
a.簡易・迅速かつ経済的負担の少ない救済を行うことができる。
b.多種多様な人権問題に対応することができる。
c.損害賠償等の直接的・事後的な権利救済にとどまらず、当事者間の関係修復、被
害者の生活支援・自立支援、将来の被害者を予防するための教育・啓発プログラム
の実施といった多彩な救済策をとることができる。
d.個々の問題に関する専門家による調査・救済を行うことができ、事案に即した解決
を図ることができる。
4.市民勧解制度の特徴
裁判所による救済があらゆる紛争を一元的に解決しようとする少品種大量提供型の権利救済システムであるのに対し、市民勧解制度は多様な紛争に臨機応変に対応しようとする多品種少量提供型の権利救済システムであるといえる。
また、裁判所による救済では、達成されるべき正義を所与のものと捉え、エリートたる裁判官がそれを発見していく過程が救済であると考えるが、市民勧解制度においては、正義は形成されるものであり、何が正義かは、当事者の協議・説得・理解・協調のプロセスで決まると考える。ゆえに市民勧解制度は、当事者性と現場性を重視する制度であるといえる。
5.市民勧解制度の具体像
市民勧解制度としては、古くは労働委員会などが存在するが、それに加えて、1970年代以降、市民の運動や異議申立てに促される形で、公害等調整委員会、紛争調整委員会、国民生活センター、情報公開審査会など多様な組織・制度が整備されてきた。今後ともこの流れに沿って、既存の制度の拡充を図るとともに、人権委員会や各種のオンブズパーソンなどを新たに設立すべきである。なお、南ア憲法181条
(#3)などに倣って、一定の基幹的な市民勧解制度を憲法上規定することも考え得る。
6.市民勧解制度基本法の必要性と7つの原則
個々の市民勧解制度の内容は、それぞれの根拠法に委ねられるが、制度に共通する基本原則や基本理念を定めるものとして「市民勧解制度基本法」(ADR基本法)を制定すべきである。
(#4)
同法には、次のような事項を盛り込むべきである。
a.【独立性の原則】
活動の自律性を維持するために、市民勧解制度は政府から一定の独立性を保た
なければならない。
b.【当事者性の原則】
当事者の意思を反映し、かつ当事者の納得のいく解決を模索するために、市民勧解
制度は当事者の視点に立ったものとしなければならない。
c.【分権性の原則】
当事者性・現場性を持ち、地域の実情に即した解決を実現するために、市民勧解
制度は地方分権的な制度設計・制度運営を旨としなけれならない。
d.【協働性の原則】
当事者性を確保するために、市民勧解制度は当事者団体や関係するNGOと恒常
的な協力関係を持たなければならない。
e.【総合性の原則】
当事者の納得のいく解決を実現するために、市民勧解制度においては縦割り行政の
弊害を排し、総合的・全般的な救済を図らなければならない。
f.【国際性の原則】
国際化社会において信頼される制度となるために、市民勧解制度は国際基準(国
際人権条約やグローバルコンパクトなど)に合致したものでなければならない。
g.【実効性の原則】
解決の実効性を担保するために、市民勧解制度の中で得られた合意や裁定には、
裁判所の判決に準じた拘束力が認められなければならない。また、市民勧解制度
において認定された事実は、裁判所の判断を拘束しなければならない 。(#5)
―――――
#1 カナダ1982年憲法第24条1項:「何人も、この憲章で保障する権利もしくは自由を侵害又は否定された場合には、管轄権を有する裁判所に対し、裁判所が状況に照らして適当かつ正当であると認める救済を求めることができる。」
#2 ADR(Alternative Dispute Resolution)は通常、「裁判外紛争解決制度」などと訳されるが、本提言では、新たな訳語として「市民勧解制度」を当てることにする。「勧解」とは、明治前半にあった制度で、裁判官が当事者の間に立って民事上の紛争を和解によって解決させるというものであり、現在の調停に相当する。本提言では、この語をADRの訳語として採用するとともに、明治時代の旧制度と区別するために、これを「市民勧解制度」と称することとする。
#3 南アフリカ共和国憲法181条1項:「次の国家機関は共和国における立憲民主主義を強化するものである。a.パブリック・プロテクター(筆者注:オンブズパーソンに相当)、b.人権委員会、c.文化的・宗教的・言語的コミュニティーの権利の促進と保護に関する委員会、d.男女平等委員会(以下省略)」
#4 なお、ADRには、公のものと民間のものとの二通りがあり、日弁連や各地の弁護士会の人権擁護委員会など民間のADRも重要な役割を果たしている。市民勧解制度基本法では、こうした民間ADRの基本原則も定めるべきであり、また国は民間ADRの創設・運営を支援すべきである。この点につき、2004年に「裁判外紛争解決促進法」が制定され、法務大臣が一定の民間ADRを認証する制度が設けられた。
#5 いわゆる「実質的証拠法則」と呼ばれるものである。例えば、独占禁止法80条は「…公正取引委員会の認定した事実は、これを実証する実質的な証拠があるときには、裁判所を拘束する」と定め、この原則を明示している。
(担当:金子匡良)
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