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市民の自由と権利

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【提案骨子】

1.第三章の表題「国民の権利及び義務」を「市民の自由と権利の保障」に変える。

2.現在の条文は、送り仮名の整理など、ごく少数を除いては現状のままで維持し、新
  たに増補型改正の方法で、市民の自由と権利の性質を明確にする条文を付け加え
  る。

 @ 基本的人権は、「上から」付与された賜物ではなく、市民が政治的な共同体の形成
   にあたって相互に確認しあう、主体的な選択の実りであることをはっきりさせる条文
   を加える。
 A 人権は、市民が、政府に対して、不当に不利益を受けた特定個人(少数者)の人権
   を保護する政府の義務と、社会全体(多数者)に及ぶ人権の価値の積極的な実現を
   促進する政府の責務との実現を求める法的な根拠となるものであることを明らかに
   する条文を加える。
 B 人権の地球的な広がりに対応して、国際人権保障の積極的な推進を謳う条文を加
   える。時代的な広がりに対応して、環境、文化、安全などの価値を将来の世代に伝
   える権利を明らかにする条文を加える。

3.「国民の義務」を定めた憲法第26条、第27条、第30条は、いずれも「権利」と読み替
  えるような改正を行う。

4.個々の人権条項のうちで、特に今回増補すべきものは次の5点と考える。

 @ 在日韓国・朝鮮人に対する差別を終らせるとともに、日本に滞在する外国人に国
  籍選択の権利を広く認め、滞在者の人権保障を充実させる条文を加える。
 A 日本国から出国した瞬間に日本国憲法の人権保障がすべて中断されるというの
   は、まさに20世紀的な考え方であり、国際化の時代にふさわしくない。国外移住、
   ないし国外滞在の市民に対する人権保障の根拠となる条文を加える。
 B 日本社会とその構成員は多様であり、文化的な多様性も確保できるように、外
   国人、先住民族、さまざまな少数者が輝いて生きることができるような、多様性を
   保障する条文を加える。
 C 市民が必要とする人権は、働く者として、又、生活する者として、安心と安全を確
   保し、自分の人格を最大限に高めて幸福であるためのツールであるので、この趣
   旨を生かす条文を加える。
 D 科学技術の進化、コンピュータ活用の深まりが生む問題から個人の尊厳を守り、
   生と死に関する権利の保護を強めるとともに、プライバシーも守り抜けるような条文
   を加える。
 E 科学技術の発展がもたらす新しい問題群に対処できるように、コンピュータや生
   命科学、医学、原子力利用などの基準となるいくつかの新しい条文を加える。

5.市民の、政府における権利、国会における権利、裁判所における権利については、
  その機関について定める章に移して、各々の機関が市民のよき生活のために努力
  する責務のあることを明確にする。

【提案理由・背景説明】

 日本国憲法の基本的人権は、制定当時日本を支配していたGHQが日本の官僚に下げ渡し、官僚が市民に下げ渡して成立した。これは、明治期の自由民権運動家の中江兆民の言葉をかりれば、「恩賜の権利」、つまり「上からの人権」である。憲法を制定した人たちは、未熟な日本の市民がこれをうまく使いこなせないのではないかと心配して、憲法第12条に「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民はこれを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」という条文を加えた。日本の市民は、こういう訓戒が必要なほど未熟な存在だというのである。市民が自ら闘って勝ち取った国民主権の憲法の基本的人権であればこんなふうにはならない。

 とはいうものの、市民は、徐々にこの憲法を使いこなすようになり「上からの人権」を「わたしたちの人権」へと成長させた。特に1960年代以降には、裁判の場で政府の義務を追求する手段として、基本的人権に訴えることが増えた。また、国や自治体に対して市民生活の問題解決を要求するときにも、人権の実現がよく使われた。市民や市民運動こそが、憲法の基本的人権を「下から」政府の責任を追及する「回復の権利」(中江兆民)、「下からの人権」に変身させたのである。

 市民が自ら人権の主張を行うようになったということは、戦後日本社会における都市化と経済の高度成長がもたらした未曾有の問題群に、その人権をぶつけて問題解決の方向を探るようになったということでもある。そのとき、日本国憲法の人権は、生産点におけるトラブルを解決する生産者の人権という性格から大きく変化して、消費者としての人権、生活者としての人権という性格を担うようになった。このパラダイム転換を受けた現代社会の人権をきちんと書き込むことが必要である。

 わたしたちが人権に関する条項を考えるときに、最も大事にしたいのがこの点である。私たちは、これまでの改憲論者のように、基本的人権をGHQの押し付けとして嫌うことはしない。それが本来「上からの人権」という性格を持っていたことはよく理解しているが、だからといってこれを否定的に判断するのではなくて、「下からの人権」へと変身させた市民と市民運動の声に着目し、これを憲法の条文の中に組み入れることが大事だと考える。だから、人権の条文は、削除するよりも増補するほうが望ましい。

 このような観点から、第三章の改正については、上の提案のような増補を考えている。ここに含まれることの中で、とくに次の点については説明を加えたい。

 第一は、国際化への対応である。この点では、まず、戦後の日本における在日韓国・朝鮮人問題の不幸な歴史を終わらせることが必要である。とくに、1952年のサンフランシスコ平和条約の発効時に行われた一方的な日本国籍の剥奪は、在日の人々の日本での生活のあり方に深い傷を加えた。このことを反省するとともに、憲法において、改めて、旧植民地出身者の国籍選択権と、いかなる国籍を選択しようとも変わらない人権の保障が明確に示される必要がある。

 第二に、来るべき国際社会への対応が書き込まれるべきであろう。21世紀の日本は、国際化がさらに加速され、国家の枠を超えた人間の行き来がますます活発になる。わたしたちは、国際社会における市民のあり方についても十分に配慮したい。海外に滞在する市民の人権をどのように守るのか、新しい知恵が必要である。わたしたちは、これまでの憲法では無視されてきたこの要請を新たに書きこむことを提唱したい。このことを通じて、こうした人権保障の保護と促進を図りたい。

 第三に、国際人権保障についてである。もし、私たちの憲法が、国外にいる市民の人権保護にまで触れるのであれば、それは、地球規模での、あるいは東アジア地域での人権保障がどうあるべきなのかということにも密接に関わってくる。この地域で、各国が相互に人権の保護と促進について合意し、協力し合っていかなければ、問題は少しも解決しない。最近、ヨーロッパでの国家統合を評価する意見が高まっているが、わたしたちは、ヨーロッパにおいて、地域的な人権の保障が、とくに東西ヨーロッパへの分裂と対立の中でどれほどの困難に直面し、どれほどの努力でかろうじてそれを超えることができたのかを忘れてはなるまい。
 国外において日本と関係の深い市民の人権が侵害されているときに、それを日本の憲法で解決しようとしても限界がある。その限界を超えようとして、日本の国内法で、特定地域の経済制裁を強行するという手法にも問題が多い。人権侵害や差別の解決の基本は、やはり、東アジアにおける国際的な人権保障の枠組みをどう創るのかということである。
 そこで、わたしたちの憲法では、国際社会での人権侵害や差別に対しては国際人権保障の枠組みで立ち向かうこと、わたしたちは、地球市民全体の人権保障について関心をもち、国際的な枠組みでの人権の保護と促進に協力するという課題意識をもっていることを条文化して、国際社会における責務に応える姿勢を明らかにしておきたい。

 第四に、わたしたちの、将来の社会に対する責任についてである。この数十年、日本の市民運動は、将来の日本社会のあり方についても発言してきた。そこでは、自然環境や歴史文化、食や農、あるいは保育や教育などにおいて、次世代への義務が語られてきた。そこでは、将来世代の人間が権利者とされ、わたしたちは義務者とされている。だが、わたしたちは、さらに考えを進めて、次世代、将来の社会に、すばらしい日本の環境を伝え、優れた文化を伝え、安全で心やさしい、個性の尊重される社会を伝えていくことは、わたしたちの誇りある権利、次世代と分かち合う権利であると考えたい。

 第五は、科学技術の発展、特に、生命科学とコンピュータ技術の発展がもたらす人権問題への対処である。私たちは、そういう発展が個人に及ぼす影響に注意するとともに、地球環境の保全という観点からも、こういう技術的な発展に対抗的な権利をはぐくむ必要がある。

 第六は、第三章における国民の義務の取り扱いである。ここには、「保護する子女に普通教育を受けさせる義務」「勤労の義務」「納税の義務」が定められているが、いずれも、この言葉があることによって、本来の権利としての性格を希釈され、あるいは無視されるようになっている。そこでわたしたちは、第三章から義務規定を「保護する子どもに普通教育を受けさせる権利」「健康で文化的な労働の権利」「納税の権利と納税者の権利」と変更することを提唱したい。ただし、これを実現するためには、条文の書き換えが必要である。

(担当:江橋崇)


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