第1部 記念スピーチ「これまでの法律のつくられ方」

浅野一郎(元参議院法制局長)

 ただいまご紹介いただきました浅野です。まず、設立記念総会開催、誠におめでとうございます。

 さきほどご紹介いただきましたように、私が参議院法制局の局長を退官してほぼ10年になります。年齢はみなさんほぼ50数歳といわれましたが、年齢は70歳をすぎて、役人ならばやがて勲章をもらうような年齢です。勲章をもらえば姿を消すのが本当ですが、何かお役にたつことがあればと出させていただきました。現在、徳山大学の学長をしておりまして、役人を退官して研究者の生活も10年になりますが、今日は昔の名前で出た方がいいだろうと思い、昔の名前で出させていただきます。

 なぜ昔の名前がいいかということについて、評論家の猪瀬直樹さんの文章を紹介させていただきます。「国会議事堂の両脇に立派な9階建ての白い建物が聳えている。一つは地下鉄丸の内線、もう一つは有楽町線の出口近くにある。議員会館へ陳情に来る団体も議事堂を訪れる見学者も建物の名前を知らない。戦後民主主義は、この建物、というより、その内側で働くスタッフ、そこに集まるはずの議員達によって始まったのだ。衆議院法制局、参議院法制局と呼ばれる議会制民主主義の殿堂である」と、なかなかいいことを書いてくれているわけです。そんなこともあって、昔の名前で出させていただこうと思ったわけです。最初から議院法制局の宣伝をするようなことになって恐縮ですが、「これまでの法律のつくられかた」についてお話させていただきます。

 まず「市民による立法」と聞いて思い出すのは、45年ぐらい前に創刊された法律雑誌『ジュリスト』に、創刊後、しばらくして設けられた「私設法制意見局」という欄で、ここでは、判例批評に似た形の立法批評が行われていました。市民と立法との関わりということを考えてみますと、これが最初の関わりだったと思われます。と申しますのは、実はこの私設法制意見局には匿名で、私も大分執筆しましたので、そんなことを思い出すわけです。

 では、どのように法制局と立法の結びつきが強いのかということになりますので、これまでの法律のつくられかたを紹介させていただきます。国会が国の唯一の立法機関であり、法律案は両院で可決されて法律となるのは明らかですが、国会が法律を作るにあたっては、法律案を国会に提出しなければなりません。そこで、誰が法律案を提出するのかが問題だと思います。国会の両院は議員によって構成されているので、国会が立法機関であるからには、議員が提出できるということは問題ないだろうと思います。議員の提案に基づいて法律が制定されることを議員立法と言っております。ところで、内閣に法律案の提案権があるかということですが、法律案の提案も立法作用の一部であるので、内閣には法律案の提案権はないという考え方もあります。しかし、現在では一般的には内閣にも法律案の提案権はあると考えられています。これは、立法権の中心的な部分は審議し議決する所にあると考えられるからだろうと思います。というわけで、内閣から提出される法律案は、国会に提出される法律案の約80%がそうであり、しかも、成立した法律の90%が内閣提出法律案です。つまり、今までの法律のつくられかたは、内閣提出法律案に基づいて法律が制定される政府立法が中心だったということができます。政府立法が中心ですから、立法となると法制局、特に内閣法制局との関わりが非常に大きいということになります。

 そこで、政府立法がどのようになされていくのかということですが、まず政府立法は各省庁で立案作業が始まるわけでありますけれども、そのスタートは、それぞれの所管の各課において、課長の責任のもとで、法規担当の職員によって行われます。局長の指示、局長と協議したり、場合によっては大臣の指示によるものも多いようです。これは、立法とは結局行政のニーズによってスタートするということではなかろうかと思います。日常の行政事務の中から資料・情報を収集してニーズを形成していくわけですが、もちろん国民の意志も考慮されますが、行政が判断した国民の意志ということになります。担当課で、原案を作成しますと、省内の調整を行いながら、省内の法規担当のセクション、多くは官房文書課の審査を受けて、次官や大臣に説明する。そうして、これらの省内の作業と並行して審議会に諮問したり、他省との調整が行われるわけです。特に予算措置が必要とされるものについては、大蔵省主計局と協議がなされます。

 そして、ここが大事な所ですが、内閣提出法案は、必ず内閣法制局の審査を受けます。法制局の審査とは、下審査を受けた後で、本審査に入ることになっております。下審査というのは、原案を作成した担当者が法制局の担当部の参事官に説明をして、厳格な審査を受けることです。この審査では、憲法に反しないかどうか、現行法制と矛盾はしないかどうか、法律案の内容に合理性があるかどうか、条文の表現が適切であるかどうか、用字・用語の使い方に誤りはないか、というようなことについて、原則的な理論から細かい表現まで、場合によっては句読点の打ち方まで綿密に行われます。たった1条の条文でも、時間を3時間もかけるものですから、法制局の担当者を法制局参事官と言うということも言われております。しかし実際は、1条に3時間ならいいのですが、1条で本当に1日、場合によっては1ヵ月かかることもないわけではありません。審査は、大体読会制をとって、最初は原則的、基本的なことをやって、だんだん細かく審査していくというやり方でやっております。

 そして大体、内閣法制局の下審査がほぼ終わる頃になると、今でもやっていると思いますが、従来は与党である自民党の審査を受けるということになります。これを普通、与党審査と言いますが、自民党の政務調査会の部会に掛けられる。そして部会を通過すると、政務調査会の審議会に掛けられ、その審査が終わると総務会に掛けられて決定されます。この他に、審査ではありませんが、国会の審議との関係があるため、国会対策委員会に法案の説明がなされているようです。

 このようにして、原案が固まると事務次官会議にこの案が掛けられます。そして事務次官会議で法律案が了承されると、閣議が請議されるわけであります。すると、内閣官房から、内閣法制局に本審査を求めるために、その法律案が回付される。内閣法制局の本審査が終わると閣議に掛けられて閣議で決定され、国会に提出になります。

 内閣法制局の本審査は、すでに下審査で予備的に審査しているため、ほとんどこの段階で手直しするということはありません。手直しするにしても、用字・用語の手直しがなされるくらいです。この手直しは、朱筆で手直しがされるため、朱筆訂正と言われています。朱筆訂正をつけて、内閣法制局からまた内閣官房に戻し、閣議にかけるということになります。

 このように、政府の法律案の作成段階で一番関門になるのが内閣法制局だと思います。内閣法制局では、すでに述べたような法律について、その基礎にある政策の合理性、その法的表現の適切性、正確性、体系的整合性、条文配列の体系性、用字・用語に誤りはないかなど、法律的、技術的に完璧な調整がされるわけです。内閣法制局は、憲法に適合しているかどうか、法体系との整合性があるかどうかということを審査の拠り所にし、かつその完璧主義を原則として、大きな権威と力をもって法案の調整にあたるわけです。そこで、各省とも内閣法制局の審査が通るかどうかに対して、最大の注意を払って法案を作成しているわけです。
要するに政府立法とは、内閣法制局を頂点とする官僚の主導の下、そこには与党審査を通じて多少の与党の調整が加えられますが、官僚立法として行われていると言っていいと思います。国会の審議が、議院内閣制の下では、政府提出法案は与党の協力の下、まず成立するわけですから、ほとんど官僚主導の立法だと言っていいだろうと思います。

 こういうことで、これまでの法律のつくられかたは、法律案の提出過程に限定しても、官僚主導であって、政府官僚機構内部における情報、専門知識、技術を総動員して、相互間の調整済みの周到綿密な法律案が実質的にできあがる。そしてその完璧な調整が内閣法制局でされるということです。

 そして国会審議では、与党審査がすでに行われているので、ほぼ野党だけの審議で、法案についての審議はほとんど行われず、しかもその審議は政府委員(各省の局長、部長、課長)が広範に関与して行われるため、まさに今までの立法は、官僚立法だと言っていいでしょう。

 では、なぜこういうことになるのかというと、一つは国家の機能というのが国民の生命、自由、財産を保護するという消極的な機能から、国民それぞれの生存の保障と社会生活の秩序の均衡を維持するために、社会経済などの生活関係に対して直接関与する積極的な機能に変化を遂げ、それとともに、執行権の強化が必然的に求められたということが一つ。さらに国家が社会経済など生活関係への直接介入にあたりましては、社会が複雑になったことに伴い、専門的、技術的知識と社会経済などの事情に応じた迅速機敏な活動を必要としたわけですが、いずれも議会に、これが期待することができなかったからだと思います。しかし、国民主権を実質化するためには、国会こそが立法の主体でなければなりません。よって、国会の復権の方途を考えなければならないでしょう。そのためには、まず議員立法を活性化させなければならないと考えております。土井元衆院議長の私的研究会で議員立法の活性化にあたっての提言をしましたが、議員立法の活性化で一番大事なことは、やはり議員立法の基礎になる政策を提示するにあたっての情報が足りないということが一番だと思います。ですから、その議員側に情報がもっと集まらなくてはいけません。そのために、国政調査権が議院には認められていますが、これをもっと有効適切に行使する必要があります。というのは、今、国政調査権の行使の仕方が、議員の非行の摘発中心で、立法のための必要な情報資料を収集するという点について、うまく使われていない気がします。

 それとともに、議員立法を活性化するためには、もっと我々市民が、議員立法に対して協力していかなければいけないのではないでしょうか。そういうことで、このたび、市民立法機構という市民グループが結成されたことは、非常に素晴らしいことだと思いますし、これこそまさに国民主権を実質化していく一つの手だてではないかと思っています。そのために、やはり一番大事なのは、政策の基礎になる情報を、どのようにこの機構で集めていくかということでしょう。

 そんなことで、これまでの法律のつくられかたが官僚主導であったことをお話して終わらせていただきます。市民立法機構という市民立法のグループが結成され、これが一層発展していくことを祈りまして、私の話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

(司会)どうもありがとうございました。最初に浅野先生にご相談に行った時に、「市民立法などと夢みたいなことを」と一笑に付されるのではないかと思ったところ、それは非常に重要なことだとむしろ励ましていただいて、プロの目から見ても官僚立法の限界があまりにも見えすぎている時代に入っているのかなと思います。

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