第4部 新しい市民社会の骨格づくりを検証する
    「自治基本条例案−自治基本法案」

辻山幸宣(中央大学)

 前から現行の地方自治法が、戦前の体系を引っ張ってきているのではないかということが気になっていましたが、今回の地方分権の具体化をきかっけにして、これはどうも根本的に自治法を組み替えなければいけないのではないか、あるいは組み替えるチャンスだと考えるようになりました。今日は、その大まかな骨格を提案してみたいと思います。現行の体系がどのように歪んでいるかということは、「はじめに」のところで述べておきました。時間の関係で、具体的な考え方について何点か指摘したいと思います。

 現在の地方自治法のおかしいところは、最初に都道府県や市町村という団体に関する規定があって、それからやっと住民が登場することになっていることです。これは戦前の地方制度の体系をそのまま引き継いだもので、当時この法律の立案をした鈴木俊一さんが「実は新しい法体系を考えるいとまがなかった。戦前の市町村制、道府県制、それと東京都制を一本にするのが精一杯だった」ということを証言していますが、確かに自治法もそのような体系になっています。そこで、まず考えなくてはいけないのは、地方政府というのは市民が樹立するのだという原則を法律体系の前提に、あるいはその根底に置くべきだという提案です。したがって、逆に言えば、市町村レベルの地方政府をつくらないということを許容するということでもあります。少なくとも現行憲法ではそこまで許容されていると思っていますが、解釈論ではすべての地域に自治体をというのが多数かもしれません。そのようにして設立された地方政府にどのような仕事をさせるかというのもまた、それは市民が決定していくということを基本にしたいということです。したがってある基礎的な地方政府が特定の行政サービスを提供しないのであれば、それは都道府県というレベルの政府が供給していくことになる。そういう組み立て方が大事ではないかというのが、第一の点です。

 第二はそうして設立された地方政府を運営していく原則の問題で、これは言うまでもないことですが、設立された地方政府の運営責任は、最終的に市民が負うのは当たり前です。その最終責任を市民が負える仕組みにしておく必要があるということで、よく言われることですが、市民参画の仕組みをどのように組み込んでいくかが問題になります。そこで市民の政府の運営に対する権利を基本条例として定める仕方はどうか。つまり、そこには住民の「知る権利」「参加権」「重要事項の自己決定権」「議員・職員の選任・解任権」「条例拒否権」などが原則として掲げられる。具体的な内容としては、計画確定手続きなどが盛り込まれ、そこではどの段階で参画の機会が与えられるか、つまり計画策定の過程で段階毎の参加が保証されること、また計画等の複数提示義務などを書き込むことも大事だと思います。日本の行政は一つの計画を決定して、無理矢理完成に持ち込んでいくことに主眼があるようですが、計画は必ず複数でなければならないというようなニューヨーク市憲章のとっている立場は参考になると思います。対案作成のための経費援助なども地方政府の基本的な市民に対する姿勢として書き込まれていくことが考えられます。それから重要事項の市民投票については、最近多くの議論がされているので、概ねご理解いただけると思います。イニシアティブの要件、リコールの要件というところは、現行法の要件が現実に合っていないところが出てきた、少なくとも一律の基準では運用が難しいという実態にあるというところから、自治体による選択性あるいは自由化ということが考慮されていいでしょう。

 三点目は、政府機関をどうつくるかですが、今度の分権改革の主眼は、機関委任事務の廃止というところにあり、この機関委任事務は、実は強市長制つまり強い権限をもった知事市町村長体制のもとで維持されてきたという特色があります。したがって機関委任事務の廃止に伴い、こうした一律の強市長主義からの離脱が可能になるはずだというふうに思い、弱市長型あるいは支配人型など多様な執行部構成が可能になるような仕組みにしておくことが必要だという点。それから議会については、これは昭和25年に公職選挙法で規定された地方選挙の方法を、公職選挙法から離脱させる。地方選挙の規定の仕方には二つの方法があると思います。一つは、いくつかのパターンから選択制にしていくというやりかた、もう一つはまったく自治体独自で選挙制度、議員の資格・任期等々について定めることができるようにするということです。これらはすべていわゆる普通に暮らしている市民の縮小コピーのような形で代表部が構成されるのではなく、かなり構成に偏りがあり一部の人々しか出られないというような現在の仕組みを少しずつ直していくという試みであります。そのためには兼職禁止の緩和とか、企業の職員が議員になったときには、議員活動中の休職制度を社会的に容認していくというような工夫も必要だろうと思います。よく指摘されるのは議会の独立ということですが、これはがなかなか難しいわけです。議会事務局の人事が、市長部局によって行われている現状では、なかなかここを乗り越えるのが難しいので、ここを切り離すという提案をしています。

 もっとも過激なのは、市民がボランティアで議会事務局を担うということが考えられますが、あるいは議会事務局機構というようなものを自治体間の連合でつくって、そこで人事をまわしていくというようなことも考慮に価するのではないかと思います。そしてこのような議会の独立性ということを考えると、現在の1/8条項(1/8以上の賛成がなければ議案を提出できない)の廃止は当然考えられていいでしょう。ただ、現行法でも執行部が議会に出席するのは、議会から要請があった時だけ義務があるわけですが、実際には毎回なぜか出てきているというような慣例を許している現行議会の弱さもてつだって、必ずしも制度問題だけではないということも指摘しておきたいと思います。長と議会の関係についても、いわゆる不信任の提出、議会の解散という二元代表制にそぐわない仕組みが取り込まれていますが、これもやはり廃止の方向で考えて、よく言われているような与野党的な運営から脱却していくことが必要になるでしょう。現行自治法には議会を置かない手続きがあります。実は憲法には普通地方公共団体に議会および長を置くと書かれていますが、例外的に議会を置かなくていいという規定がすでに地方自治法にあります。しかし、どのようにすれば議会を置かなくていいのかという手続きの規定がまったくありません。せめて自治基本法の中ではその辺りまで書き込むことが必要だと思います。

 とはいえ、最も難しいのは都道府県という地方政府をどう位置づけるかということです。6月末に予定されている分権推進委員会の第2次勧告では、国の委託によって都道府県に指導的な立場を与えていくという図式になっているようですが、賛成できません。しかし、都道府県の廃止論まで含めて、都道府県という政府、市町村という政府をどのように組み立てていくかについて、まだ明確な方向性を見出せない状況です。その他、先ほど市町村という地方政府を設置しない地域もあり得るという話をしましたが、大都市地域においては、逆に都道府県という政府をその上に被せないということも考えられるでしょう。つまり全国おしなべて二層制の自治をしいている現状を多様化することが必要だと思います。

 特別区の問題についてもたくさん論点がありますが、原則としてやはり東京特別区の制度を廃止するという前提で組み立てを考えていくべきと思います。

 問題はこのような構想を述べたところで、結局は財源の問題にぶち当たるだろうということが予想されることです。そこで、考え方としては、自主財源主義を原則とする、つまり自分で集めた税金で運営することを原則としますが、相当担税力の偏在が出てくると思われるので、当面交付金に類似した財政調整の仕組みを残すことが必要かもしれません。しかし、その場合でもいわゆる交付対象が、全体のたとえば4割とか5割を超えてはならないという縛りが必要で、現在は8〜9割が交付対象になっているわけですから、大変いびつです。そこで交付対象が4割なり5割を超えたら、その制度を見直さなければいけないなどとしなければいけない気がしています。

 以上、述べてきました自治基本法ですが、メインタイトルには地方自治基本法とありまして、ここでは自治基本法としています。結構、私の心中でゆれておりまして、地方はいらないという主張も大変強く、両用でここに掲げておきました。途中に、自治基本条例ということを申しましたが、もう一つここに自治憲章という言葉を使っています。それら3者の関係をどうするかということですが、自治基本法の性格はおそらく二つに考えられるだろうと思います。一つは基本法主義、つまりきわめて枠法的な性格の法律にして、詳細はすべて自治体の条例で決めていくということ。もう一つの性格は、現行の自治法に近い形で、標準的な規定は、結構詳細にすべて法律にもりこんでいくということです。そして、法律の規定のままでいいという自治体は、その自治基本法どおりに運営していく。もっと独自な要素を組み込みたいという自治体は、自治憲章を定めてその中で詳細を決定していく、いわゆる憲章主義のような法律にする。したがってその法律の第一条のところで、地方政府は住民が設立するという原則とともに、その地方政府の組織・運営・基本事項については自治憲章によって定めることができるという書き出しで始まるという法律のスタイルになるだろうと思います。自治憲章はどうやったらつくれるのかということですが、今述べたように自治基本法の授権によって、手続き的には、それぞれの地域での住民投票によって自治憲章というものを制定していくことになるでしょうが、もう一つの方法は、国会の立法で「○○市の自治憲章を定める法律」という地方特別法の制定という方式もあり得るかもしれません。この場合には憲法95条に基づいて住民投票を行うことになると思われますが、いずれにせよ現段階では、極めてラフな問題意識を羅列したに過ぎませんので、これから討議を重ねつつ、精緻にしていく作業が今後必要になるのだろうと思っています。

(司会)どうもありがとうございました。辻山私案は本邦初公開です。ある意味では非常に難しい制度の問題を根底から変えるような提案がなされておりますので、わかりにくいところもあるかもしれません。
日本ではどこに行っても市町村が組織されていますが、カリフォルニアに行くと市町村が組織されていない「カウンティ」という州が直接運営している所もある。そういう制度も考えて、日本でも市町村がない所があってもいいのではないかという提案もされています。またどこに行っても長がいて、議会がいて、同じようなことやっているが、その仕組みも全て自由に決めていいのではないか、自治憲章を母体にする場合、自治基本法から授権をして、自治憲章でやる自治体はどうぞ自由におやりなさいという制度をつくったらどうかという提案がされています。

 ある意味で草案としてはちょうど大正デモクラシー的な色彩があるのかもしれません。そこに現代民主主義の可能性をどう見ていくのかという難しい面があると思います。

(参加者)今、地方によっては市町村がなくてもいいのではという提案ですが、逆に勝手に市町村をつくるということは考えられないでしょうか。たとえば6年ぐらい前にロサンゼルスのウェストハリウッド市は、住民投票によって市民が勝手につくったわけですが、そういうことは考えられないでしょうか。

(辻山)私もこれを書くときに、住民が地方政府を樹立するということはどういうことだと考えました。言葉のまま考えれば一度ご破算にして、どういう単位でつくろうかという話し合いがあった上で、いわば結成総会をやってつくるのだろうと思いましたが、問題はご破産にすることの難しさです。ですから、考え方としては同じですが、手続き的にはどうも難しそうです。だから今やっているところでやめようということぐらいはできるようにという少し中途半端な提案かもしれません。

(参加者)議会や長と議会との関係をどのように現状認識をどれぐらいされているのかということをお尋ねしたいと思います。というのは、3−4の長と議会との関係とありますが、今の地方市町村においてはほぼ全員与党という形が現実です。その中で、長と議会との関係を廃止した場合、議会がますます機能しなくなるのではないかという問題。それから3−3において、一人でも提案できることは大事だと思うので賛成ですが、はたして提案するだけで議会を通るのかという問題があると思います。そういう様々な問題で地方議会の現状をどのように捉えておられるかかをお尋ねしたいと思います。

(辻山)まず、総与党化がどちらから擦り寄ってできたかはわかりませんが、少なくとも市長部局にしてみれば、最終的に多数を敵に回すと不信任をかけられるという力学がはたらいて、いわば与党として囲み込んでおくという政治態度をとります。そこで、この不信任・解散という折衷的な制度が、今の総与党化という状況にある種の要素を提供していると考えたのですが、これをやめたからといって、すぐ今の状況が変わるとは実は思っていません。

 ただおそらくこれは、議会と地方の政党の問題の認識だと思うのですが、1/8条項にひっかかっているのは、一人でも提案できるということはもちろん、現在の地方議会を覆っているいわば会派政治。これも純粋に地方における政党勢力が結集していって、その会派ができるというよりは、むしろこの1/8をクリヤーするためには、徒党を組まなくてはいけないという状況がある。これが地域民主主義にとって好ましいかどうかは評価のわかれる所だと思います。一方で私は地方政党をきちんと育んでいく方向を目指してはいますが、現状の議会を見ればむしろ議員と市民の信託関係をきちんと議会で果たすという意味で、会派政治よりは個々人が立法案を提出し、多数派工作をして議案を通していくというばらけた状況を一度は経験してもいいということも含めて、1/8条項廃止の波及効果はあると思っています。

(参加者)お尋ねしたいのは、現在の地方議会における議員立法は皆無に等しいと思います。ほとんど議会関係のものは議会で出すが、あと一般行政に関する条例関係は長部局から出たものを審議している状況で、議会から出そうとすると、あまりみっともないことはしてくれるなというような動きがあるのが現実です。そうなると、そうした今の実態を打破していくことも一つの道だと思います。長と議会との関係を少しずつでも改善していくための市民運動というものが必要になってくると思いますが、その点はいかがでしょうか。

(辻山)私の提案は、実は前提は、現在の議員が大半入れ替わるような選挙制度にすることが前提になっています。その次に議会事務局に多数の市民の叡智が持ち込めるような、議会事務局がNPO的な発想で構想されている。弁護士の力を借りるというような形で立法機能を持たせていく議会事務局と選挙制度の組み立てがあって、長と議会の関係に影響を与え変えられるという組み立てになっています。だから少し絵に描いた餅かもしれません。

(司会)参考までに、宮澤さんは村議会議長でいらっしゃいます。辻山私案は私は全面的に賛成をしますが、ひとつひとつについてこれから色んな人の提案を込めて肉付けをしていくと素晴らしい草案になるのではという気がしております。蛇足ですが、最初にでてきた鈴木俊一さんが都知事になって、あるジャーナリストが「あなたは一体住民をどう思っているんだ」と言ったら、「それは地方自治法の10条に書いてある」と答えたそうです。そういう人がずっと知事をやっていたのですから、これは大変な時代です。まして地方公共団体が自治体を構成するというのは、さっきのNPOの議論と同じで、国家が自治体をつくっているという意識から地方公共団体という言葉が出てきているわけですから、それを丸ごと変えて、自治体を市民がつくる団体、NPOにしようということです。外国の人と一緒に議論をしていると、NGOと一緒にLGO(Local Government Organization)とGOはどういう関係をつくるのかという話がしきりにでてきますが、そのLGOになるためには、今のLocal GovernmentはもっともっとNGO化しなくてはいけないと思います。どうぞまた一緒にがんばりましょう。よろしくお願いいたします。

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